南海トラフ地震に備えよ!!阪神大震災の被災者が教える生き残る術!
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今後30年以内の南海トラフ地震の発生確率は80%!
政府の地震調査委員会は、これまで70%程度としてきた南海トラフ地震が発生する確率を最大で80%に引き上げました。 地震調査委員会は毎年、その年の1月1日を基準に全国の地震の発生確率を公表しています。
南海トラフ地震とは?
駿河湾から遠州灘、熊野灘、紀伊半島の南側の海域及び土佐湾を経て日向灘沖までのフィリピン海プレート及びユーラシアプレートが接する海底の溝状の地形を形成する区域を「南海トラフ」といいます。
この南海トラフ沿いのプレート境界では、①海側のプレート(フィリピン海プレート)が陸側のプレート(ユーラシアプレート)の下に1年あたり数cmの速度で沈み込んでいます。②その際、プレートの境界が強く固着して、陸側のプレートが地下に引きずり込まれ、ひずみが蓄積されます。③陸側のプレートが引きずり込みに耐えられなくなり、限界に達して跳ね上がることで発生する地震が「南海トラフ地震」です。①→②→③の状態が繰り返されるため、南海トラフ地震は繰り返し発生します。
引用 気象庁|南海トラフ地震について | 南海トラフ地震発生で想定される震度や津波の高さ
想定される被害は?
この被害想定によれば、南海トラフ巨大地震がひとたび発生すると、静岡県から宮崎県にかけての一部では震度7となる可能性があるほか、それに隣接する周辺の広い地域では震度6強から6弱の強い揺れになると想定されています。
また、関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い地域に10mを超える大津波の襲来が想定されています。
被害想定で内閣府は(1)東海、近畿、四国、九州の4地方のいずれの被害が大きい地震か(2)発生場所は陸に近いか遠いか(3)発生時刻(冬の夕方、深夜、夏の正午)(4)風速(平均風速、風速秒速8メートル)(5)早期避難率の高低――で場合分けした96ケースを推計。死者は最も多い場合で32万3千人から最少3万2千人まで大きく変動するが、最少でも東日本大震災を大きく上回るとしている。
時間帯別で被害が大きくなるのは、冬の深夜に地震が起きた場合。在宅率が高い上、多くの人が就寝していて、避難に移るまでの時間が日中に比べて3倍の15分程度かかるためだ。冬場は気温が低いため、津波から逃れても低体温症などで死亡する人も増える。半面、在宅率の低い夏の昼間の被害は小さくなる。
引用 冬の深夜・強風下、南海トラフ地震の死者最大32万人に :日本経済新聞
阪神大震災で被災した経験で南海地震に備える
1995年1月17日に震度6を観測した阪神淡路大震災で被災した私の経験で本当に困った事や震災の際に必要な物資など生き延びる術をお教え致します。
実際に起こりえる被害状況により完全ではありませんが、あくまでも参考にして下さい。
水を確保する
震災においてまず確保しなければいけないのが水です!
飲料水、トイレなどで必ず必要とします。お風呂の浴槽に水を貯めておくのも有効です。
私も被災した時に水を確保するのに非常に困りました。
給水車が配水してくれますが、多くの人が並ぶため震災の疲労と水の確保ですごく疲れて大変でした。
そうならない為にも事前に水を備蓄することをお勧め致します。
この様な長期保存水を必ず備蓄しておいて下さい!
ガスや電気も止まる可能性が高いのでお湯などが必要な場合はヒートパックがあれば便利です。
食料を確保する
震災において水の次に必要なのは食料です。
震災時に近くのコンビニやスーパーに行っても何もありません。
ニュースでは震災の時に食料の盗難や暴動がなく秩序が保たれていたと報道していましたが、それはほんの一部で被害が少なかった地域の出来事です。
甚大な被害があった地域や広範囲に被害があった場合はどうでしょう?
日本中がパニックになっている時に秩序が保たれているでしょうか?
阪神大震災で1番被害が大きかった長田区でさえ、コンビニ、商店街、スーパーで商品をお金を払わず持って行く人ばかりでした。(震災時私は長田にいました。)
当然です!!
防犯カメラも機能せず、警察も他の対応に追われ機能してませんから、、。
生き延びるためには必ず食料を確保しましょう!!
防災セットなら食料や災害時に必要な道具が付いているので少しは安心です!
ですが、これだけでは十分とは言えません。
これらは被災時の経験で本当にあれば助かると思うものを私が厳選して選んだものです。
備蓄があれば有るほど被災時には安心できると思います!
情報を集める
震災においてラジオなどの情報は非常に大切です。
携帯やスマホはネットに繋がりにくく津波や余震などの情報がほとんどわかりません。
的確な情報で生存率は上がります!
避難所や各地域の被害などラジオなどを通じ現状を把握することが大事です。
車が落ち着く空間になる
震災で家を失ってしまったら絶望感しかありません。
私も震災時に家を失い絶望と不安で頭が真っ白になりました。
避難所での生活を余儀されることになりそこで生活することになりましたが、避難所では多くの人との集団生活なります。
そこは薄い板で区切られているだけなのでプライバシーがほとんどなく、もちろん話し声などはまる声です聞こえです。
初めは震災時のパニックと命が助かっただけでもありがたいと思い、避難所が少しは安心できる場所と思いますが1か月もたつとこれから先の不安やプライバシーのない空間に疲れてきます。
もちろん被災し家がなくなってしまっているので贅沢は言えませんし、非常時で仕方がないのですが精神的に不安定になりました。
そこで私は車を個室空間にしました。車ならプイライバシーが保たれ少しでも家族と落ち着ける場所になりました。
幸いにもワンボクックスだったのでそこで寝ることができたのですが、やはり色々と不便な点もあったので私が経験しこれがあれば便利だったと思う物をお勧めします。
簡易トイレや医療セットなども備わっているのでかなり助かります。
被災時はまったく備えや備蓄などしていなかったのでこういった物があれば本当に便利だったと思います。
現在は被災時の経験を元に備えや備蓄を万全にしています。
大げさだと言われても実際に震災を経験し被災して本当に困ったからここまで用意周到にしているのです。
被災後しばらくして私は必死に生きて何とか今の生活を取り戻しました。
阪神大震災に続き南海大地震でも被災するかもしれませんが、その時は悲観せず前を向きましょう。
生きてさえいれば何度でも立ち上がる事ができるのですから・・
今の私みたいに!